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エルスウェーニョ(横浜駅イタリアンレストラン)マスターファンタジー
ビッキーとユーリのユルメ探訪(6)
ドドドドドドドドド
ビッキーとユーリを背中に乗せて
ケンタウルス ノートンは走る、走る、走る。
草原を突っ切り砂漠を走る。
遠くに白い頂が連なる。
かつて三蔵法師と孫悟空たちが通った道だ。
ドドドドドドドドド
遠くに土煙が上がっているのが見える。
狼の大群が走っている。
近づくとオオカミと見えたのはモンゴルの騎馬軍だった。
大軍だ。
ドドドドドドドドド
地響きがこだまする。
ケンタウルスは後ろから騎馬軍を追い越してゆく。
どんどん追い越す。
まだまだたくさんいる。
大軍だ。
やっと先頭が見えた。
剣を振りかざし大声で叫んでいる。
ジンギス・カーンだ。
ケンタウルスはジンギス・カーンに並んだ。
「おお、ビッキー君にユーリちゃん、ケンタウルスのノートンさん。
ここでお会いできるとは。
わしの天の馬もさぞうれしかろう」
「こんにちはカーンさん、天馬さん
おうわさはかねがねきいておりました。」
とノートン。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「ケンタウルス ノートンさん、いつかお会いしたいものだと思っておりました。」
と天馬もニッコリ。
かつてソーホーと走った伝説の馬だ。
「我々は走ることが無上の喜びですな。」
天の馬に乗ったジンギス・カーンと
ケンタウルス ノートンに乗ったビッキーとユーリは
すごい速さで並んで走りながら、
大声でいろいろな話をした。
「ビッキー君、ユーリちゃん、
実はわしも君たちと同じ国の生まれじゃ」
「えー、本当ですかあ」
「父上は源氏の頭領、源の義朝、母は常盤御前じゃ。
平清盛に敗れて、父と兄者たちは死んだ。
頼朝の兄貴は伊豆に流され、わしは鞍馬に預けられた。
子供の頃は牛若丸と呼ばれて剣術が達者じゃった。
京の四条大橋での弁慶との勝負でわしの名は上がった。
剣は力ではない。
平家にあらずは人にあらずの世であった。
源氏の血を引くわしは弁慶たちと奥州藤原氏のところへ逃れた。白河の関より北は別の国で独立していた。
藤原氏は平泉で金の寺や館を立ち並べ、
栄華を誇っていた。黄金の国ジパングじゃ。
そのころ金はいくらでもあった。
安倍氏と津軽十三湊の安東氏も同族じゃ。
十三湊は大陸と交易が盛んで、大陸の人たちも多くにぎやかな都のようであった。
関東で兄の頼朝が源氏の旗を上げ
わしも馳せ参じ、源氏の兵を率いて西に向かった。
京で木曽義仲を追い払い、須幡の一の谷の逆落としで平家の大軍を打ち破った。世の人は信じられなかっただろう。
屋島でも奇襲で勝ち
いよいよ檀の浦の決戦をひかえたころ、
わしは、弟の平清経に密使を送った。
わしの母が清盛との間に産んだ子だ。
「平家は減じる領西(九州)に逃れて馬を養え」と。
清経は源平の決戦の前、宇佐神社に神託をうかがい、
平家が負けると受け、周防灘で入水自殺したと伝えられている。
敵前逃亡の汚名をかぶったのだ。
実はひそかに柳ヶ浦に上陸し、豊後の雄、緒方の養子として、同東の山の中に隠れておった。
毎夜、よとぎに訪れる村の女たちに種を残しておったのだろう。
神託のとおり、わしは平家を海に沈めた。
船の戦いでは禁じ手の相手の水主を射殺しての勝利だった。
なおかつ天皇の母君である若く美しい建礼門院を水から引き上げて介抱するうちに関係してしまった。
若気の至りじゃ。
源平の戦では百戦錬磨のわしじゃったので庶民には人気が高かった。
源家では不評をかった。
京で判官として貴族のようなきらびやかな生活をしておったのもいけなかった。
兄の頼朝はわしを恐れておった。
天性のわしの剣術、馬術、戦術の才を恐れて、
わしを討ちに兵を送った。
わしは京を逃れて、摂津(大阪)渡辺から船で領西をめざした。
清経に合流するもくろみもあったが、
大嵐で船は紀の浜に打ち上げられた。
なんという不運。
それからは不運につぐ不運であった。
興福寺でしばらく滞在し蔵王崇で妻の静香御前と別れた。
そこから先は女人禁制だ。
静香は身ごもっていた。
申し訳ないことだ。
どうしようもない状態だったとはいえ
後悔。後悔じゃ。
白山修験、立山修験を隠れながら春を待ち
奥州に向かう。
わしの姿があからさまになったのは北陸の
富 氏の前のみ一度きりであった。
焼けた東大寺再建の為の勧進の行者として
弁慶に引き連れられた我々は富 氏の尋問にあう。
富 はわしのことを見抜いたうえでおすみつきの勧進と共に行かせてくれた。
第二の故郷 藤原氏のもとへたどりついた。
みんなが大歓迎してくれた。
もう安心。
わしは修験道の旅の間じゅう
反省しておった。
何がいけなかったのか。
わしほどの才能と勝利の実績を持ちながら
このような不遇をかこうのは、いったい何がいけなかったのか
だいたいわかってきた。わしは戦術、奇襲にたけていたが、
先を見とおす戦略というものがなかったのだ。
世の中が大きく変わる時代なのに
わしは公家になったつもりでいた。
平家や義仲と同じ間違いをおかしたのだ。
頼朝の兄者はそこが違う。
新しく世をつくりあげていくのだ。
わしは衣川で再起をはかっていた。
必ず恥と汚名をそそぐ
兄を見返してやる。
が、また不運にも頼りの藤原秀衡が死んだ。
鎌倉は奥羽に進軍して来た。
わしは安東水軍を率いて大陸へ渡った。
大陸でもわしの騎馬術、戦術にかなうものはいなかった。
奥へ進軍しモンゴルで天の馬を得た。
鬼に金棒だ。
わしの騎馬軍は無敵だった。
金(中国)を滅ぼし、元を築くころ
清経が合流した。
弟は平家追討が激しくなるにつれ
椎葉や五条の荘に逃れたが
まだ若く戦いの炎がくずぶったままだったので宗像水軍を率いて、大陸に渡り
わしのところへ合流して来たのだ。
わしらは良く語り合う。
大陸をすべて支配し尽したら
いつか故郷に錦をかざろうぜと。恥をすすがねばならん。
大船と大軍をひきつれて、
源家のど肝を抜いてやろうぜと。」
天の馬とケンタウルスはどんどん走る。
モンゴル騎馬軍もどんどん走る。
「ビッキー君、ユーリちゃん、
わしらはロシアへ向かう。
ここらでお別れだ。
ケンタウルスどの二人をよろしく頼む」
「カーンさん、ご武運を。
天の馬さんご活躍を。
さようなら。」
「さようなら。」
「さようなら。」
おわり
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ビッキーとユーリのユルメ探訪(7)
ビッキーとユーリを乗せてケンタウルス ノートンはどんどん走る。
行く手に一頭の馬が見えた。
近づくとやせた老人を乗せて馬はとぼとぼ歩いていた。
「ロシナンテ、どうした。元気がないな。
こんにちは。ドン・キホーテさん。遍歴の騎士道の旅の途中ですね。」
「やあ、こんにちは。ケンタウルス ノートンさん
ビッキー君、ユーリちゃん。」
「こんにちは。」
「こんにちは。」
ケンタウルスノートンはロシナンテに並んで話しかける。
「よたよた歩いてみっともないぞ。しゃんとせんか!」
「す、すみません。足腰が弱いもんで」
「ロシナンテともあろうもんがどうした?
お前の名前は世に轟いておる。
アレキサンダーグレイトの愛馬ブセファロス、英雄アレキウスのクサントスとも並ぶ称されるほどの名だ。」
「ヒェー、そんな名馬、駿馬と同列にされたら困ります。」
「まあよい。おまえはおまえだ」
といって並んで歩く。
「ドンキのおじさん。この前おじさんのお店でおかし買ってもらったよ。」
とユーリが話しかける。
「なんと、わしの名のスーパーがあるとな?
喜んでいいやら嘆いていいやら。」
「キホーテさん、遍歴のお話を聞かせてください。」
とビッキーがお願いする。
「そうじゃのう。わしも長く遍歴を続けておる。
セルバンテスどのがわしを書いてから、
もうかれこれ五百年ほどたっておるわい。
もともとセルバンテスどのはたいして文学的野心などなく、
当時流行っていた騎士道物語に対して
風刺としてパロディとして暇つぶしに書いただけのことじゃった。
ところがわしの名が時代とともに高まるにつれ、彼自身も驚いているのであろう。
最近、墓の下から名乗りを上げてきた。
わしは見た目もよくなく、力もなく、金もなく、能力もない、とりえのない男じゃが、
現実というものは見ないで、思い込み、夢、理想というものだけを見て、それに突進して来たんじゃ。
そして悪をくじき、世を正す騎士の道を突き進んだ。
悪魔の風車と戦い、世の不正と戦い
その騎士の功績は思い姫のドルシネア姫にすべて捧げるのじゃ。
ドルシネア姫に会ったことはない。
会う必要もない。
わしの心の中にあって、わしの心の支えになってくれればよいのじゃ。
そのようにとりえのない男が頑張っているのを認めてくれて、
ツルゲーネフ先生がわしとハムレット君に賞をくれた。
ハムレット君は同級生だ。
ハムレット君はシェイクスピア王家の貴公子で
超イケメンで頭も良く運動神経も良く、
みんなのあこがれだった。
それに対してわしは貧乏人の子供で顔も頭も悪く、
落ちこぼれだったが、がんばりだけはあった。
ハムレット君はすべてを持っていたが
「To Be, or Not To Be」といって深刻に抱え込まなければならなかった。
わしは何も持っていなかった。
悩むことはなかった。突き進みさえすればよかったのだ。
だがわしも長年人間をやっとるとだんだん自分というものが見えてくる。
わしには能力というものがなかったのではないか?
いっしょうけんめい頑張っても何も得られなかった。
夢を見、理想を追い求めても、何も変わらない。
すべて無駄だったのではないか。
徒労に終わってしまった。
世のため、人のため、騎士道を進んだつもりだったが、
ただのピエロ、わらいものになっただけじゃ。
わしはただのバカだったのではないか…」
そこでドン・キホーテさんは言葉を詰まらせた。
「それは違うと思います」
ビッキーが言う。
「ぼくたち、みんなキホーテさんが大好きです。
あなたのことを笑いものにする人たちもいるとは思います。
でもその人たちは“どうせやってもムダだ”とか“ほれみろ、失敗しただろう”とかいって、
はじめからやろうとしない人たちです。
失敗するのがこわいんです。
でもその人たちも心の中では、
あなたのように理想を追い求めて突き進む姿にあこがれていると思います。」
ドン・キホーテはビッキーをじっと見た。
その目に涙が溢れていた。
ビッキーは続ける。
「今ではキホーテさんのことはみんなよく知っています。
ブロードウェイでは「ラマンチャの男」として大ヒットしています。
“見果てぬ夢”というすばらしい曲もよく歌われています。
みんな、あなたのことをすばらしい男だと思っています。」
キホーテの目からポロポロ涙がこぼれた。
第七話おわり
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ビッキーとユーリのユルメ探訪(5)
ドドドドドドドドド
ケンタウルス ノートンは走る。
ドドドドドドドドド
速い
ドドドドドドドドド
草原を突き抜け砂漠を走る。
ドドドドドドドドド
遠くに白い山の頂が連なる。
ドドドドドドドドド
「ビッキー君、ユーリちゃん、乗り心地はどうかな?」
「もう最高。」
「ステキ!大好き!」
ドドドドドドドドド
走る。走る。
ドドドドドドドドド
「わしの孫娘たちがお世話になっておる。
お礼にわしがあんたたちを地の果てまで
乗っけていってやろう。」
ドドドドドドドドド
草原を走る三人の耳に
遠くからウォーという地鳴りのような声が聞こえてきた。
太鼓がドンドンと鳴り、鐘もシャンシャン鳴る。
音はだんだん近づいてくる。
うわあ、すごい。戦さだ。
何万人の男たちが戦っている。
中央に城があって、城を守る兵士たちと
外から囲む兵たちが戦っているのだ。
すごい数だ。
ケンタウルスは小高い山に登って
ビッキーとユーリを乗せたまま、
戦いの様子を見守ることにした。
始皇帝なきあと
楚の項羽は不敗の覇王として天下を取る勢いであった。
しかし漢の劉鄭が立ちふさがる。
両雄はしのぎを削って戦う。
今、漢の何万という大兵力が楚の城を囲む。
楚の兵は精鋭だ。
戦いは続く。
ケンタウルスたちから城の中の部屋の様子を見るとことができる。
大きな男が立っている。
頂羽だ。
美しい姫がその横にいる。
そして頂羽の愛馬、騅。
夜になった。
戦いは続く。
おや、歌が聞こえてきた。
楚の歌だ。
たいまつを持って城を囲む漢の兵が
楚の歌を大合唱する。
楚の兵たちは自分たちの国の歌が聞こえてきて浮き足立つ。
我々のふるさとは敵の手におちたか。
やがて敗走がはじまる。
楚の兵は次々に逃げ出した。
怒涛のごとく人が走る。
城に頂羽と姫と馬だけが残された。
漢の兵たちは城に迫ってきた。
もはやこれまでか。
力 山を抜き
気 世を蓋ふ
時に利あらず
騅 逝かず
騅の逝かざるをいかにすべき
虞や虞や
なんじをいかんせん
「大王さま、まあ、おちついてくださいまし。
私が舞を舞いますので
お酒を飲んでゆっくりとごらんくださいませ。
取り囲んだ漢の兵は歌を歌いながら見守っている。
虞姫は大王におしゃくをし
二人でくみかわして、にっこりと笑い
舞いはじめた。
漢の人々が歌う楚歌に合わせて舞う。
美しい。
大王も漢の人々もかたずをのんで見守る。
美しい。ため息がもれる。
すべての人々が見とれて虞姫の舞う姿を追う。
頂羽はふと漢の観客たちを見回し
その中に劉邦を見とめて、
「うぬっ」と立ち上がった。
その瞬間、
虞は舞いながら右手で頂羽の刀をすらりと抜き
自分の首筋にあてて引いた。
ほとばしる血、倒れる虞美人。
「虞!」
頂羽は叫んだ。
漢の観客たちの間から
「おお…」というため息がもれる。
観客がすべて涙ぐんでいる。
「虞!虞!」
と叫びながら頂羽は虞の横に膝をついたが
顔を上げ、劉邦と漢の兵たちを見回し、
「さらばじゃ」
と城に火を放った。
漢の兵もみんなたいまつを投げる。
城はみるみる燃え上がり
炎の幕に覆われた。
・・・・・・・・
ビッキーとユーリがわんわん泣いている
ケンタウルスのノートンもヒーン、ヒーンヒーンと泣く。
旧友の騅君の運命の時でもあった。
第五話おわり
エル・スウェーニョ(横浜駅ジャズアンドイタリアンレストラン)
マスターファンタジー
ビッキーとユーリのユルメ探訪(第三部)
ビッキー、スキスキ、ワンワン。
ユーリ、スキスキ、ワンワン。
おや、なにか聞こえてくるぞ。
だんだん近づいて来る。
ビッキー、スキスキ、ワンワン。
ユーリ、スキスキ、ワンワン。
「カーリーだ、カーリーじゃないか。」
「ビッキー君、ユーリさんようこそ。これからはいっぱい行こうね。」
カーリーはしきりにしっぽをふってうれしそう。
「ちょっと待って。あそこの税関にケルベロスっていういやな番犬がいてあんたたちを待ち構えているわ。
わたしがあいつを誘い出しているすきに通るのよ。いい。」
カーリーは走って行った。
「へーい、ケルベちゃん、わたしどう?
つかまえてみたい?こっちこっち。」
ケルベロスはハァハァよだれをたらしながら、一目散に走り出してカーリーを追いかける。
「不細工ちゃん。こっちよこっち。」
とカーリーは逃げる。
そのすきにビッキーとユーリは税関を通り抜け、道をどんどん進んでいった。
「カーリー、大丈夫かなぁ。」
「つかまったらたいへんだ。」
ビッキー、スキスキ、ワンワン。
ユーリ、スキスキ、ワンワン。
カーリーの声が後ろから近づいてきた。
「だいじょうぶだった?」
「あんなうすのろにつかまるもんですか。
さぁ三人で一緒に行きましょう。」
ビッキー、スキスキ、ワンワン。
ユーリ、スキスキ、ワンワン。
カーリー、スキスキ。
三人は歌いながら山道を登っていく。
どんどん歩いてゆく。
セミが鳴きだした。
夏が来た。
蝉時雨だ。
どんどん大きくなる。
どんどん森の中を登ってゆく。
森が開け、小さな小屋があった。
白いおじさんがいた。キツネもいる。
「やぁ、ビッキー君、ユーリちゃん、カーリーも、ようこそ来てくれた。」
おじさんは笑顔で向かえてくれた。
キツネはカーリーの前で恥ずかしくてもじもじしている。
「遠い旅だったね。しばらくゆっくりするがいい。」
静かな森の小屋はがぜんにぎやかになった。
おじさんもこれまでの一人の暮らしで、
ほとんど食べず、何もしなかったけれど、
みんなのためにどんどん働きだした。
山へ柴刈りに行く、まき割りをする。
燃料にするのだ。
キツネの奥さんが川で洗濯をしてくれる。
里の人々がお米やもちや小麦粉を届けてくれる。
キツネや猿たちが山の木の実をとってきてくれる。
ビワの実もいっぱい、山桃の実もいっぱい。
山イチゴもある。
これからは山ぶどうもたくさんできる。
キノコもこれからどんどんできる。
イノシシが山イモを掘ってもってきてくれる。
大きくて太い。
一メートルはある。
ニワトリもどんどん卵を生む。
そして鹿やイノシシが
「私たちの体の肉をビッキー君とユーリちゃんに食べてもらってください。」
と身を捧げに来る。
魚たちも食べてもらいたくて川をどんどんのぼってくる。
おじさんは
「ありがたいことじゃが、
いまのところ十分まにあっておる。
身を大切にして生きるがいい。」
といって彼らの喜捨をなかなか受け取らない。
おじさんはビッキーとユーリのためにご飯を炊いてくれる。
まず、お米を小屋の裏の谷川でよく洗う。
清らかなほとばしる水だ。
洗ったらしばらく水につけて、お米と水をあそばせておく。
石で囲んだ炉で、柴に火をつける。
まきをくべて火はどんどん大きくなる。
お米と水を飯ごうに入れて、火の上に棒を渡し、まん中にぶら下げる。
はじめから強火だ。
まきの火は強い。
すぐに飯ごうからブクブクと泡が吹き出し、白い蒸気が立ち昇る。
飯ごうの中でお米は踊り狂ってる。
お米は清らかな水と香り高く強く燃えている火に出会って、
生命の最高の時を踊りながら燃焼しているのだ。
水気がなくなるころ、飯ごうを火から遠ざけ、柔らかい火の上でゆっくりと蒸す。
十分蒸したら、飯ごうを逆さまにして、石の上にバンと置く。
底がくっつかないようにするためだ。
炊きあがったご飯は下がすこしこげて上はお米の一つぶ一つぶが形よく立っている。
それを木の椀についでまん中をくぼませる。
にわとりがさっき産んだまだ暖かい卵を割って、
まん中に入れる。おしょうゆをすこしたらす。
おはしでまぜていただきまーす。
「おいしい…。」
ユーリもビッキーもことばがでない。
バクバク食べる。
大好きなごはん。
次の日はイノシシ君が大きな山イモを掘ってきてくれた。
土の中を一メートル以上掘るのだ。
太い山イモの皮をむいて、切り、大きなすり鉢の中ですりこぎでゴリゴリ摺る。
キツネくんの仕事だ。
グングン摺る。
だんだんねばねばになる。
少しだし汁を加える。
なめらかに摺ってゆく。
そしてまた炊きたてのごはんにすった山イモのトロロをかけて、おしょうゆをすこしたらす。
おはしでまぜていただきます。
「おいしい…。」
ユーリもビッキーもバクバク食べる。
食べ盛り、育ち盛りだ。
秋になった。
コオロギやスズムシが鳴いている。
山は木の実やキノコでいっぱい。
猿君がキノコをどっさり持ってくる。
マツタケ、シイタケ、エノキダケ…とれたてだ。
おじさんは飯ごうの中へキノコをちぎって入れ、
おしょうゆをすこしたらして火にかける。
おいしそうなキノコの香りが広がる。
炊けました。
お椀についで、おはしでいただきます。
「おいしいいい…。」
キノコの炊き込みごはんだ。
ユーリもビッキーもパクパク食べる。
冬になった。
あたりは雪でまっ白。
部屋のいろりで火がパチパチ燃えている。
暖かい。
木をどんどん燃やす。
木はいくらでもある。
ガス代も電気代もいらない。
水もいくらでもある。
水道局も来ない。
電話もない、テレビもない、ケイタイもない。
いろりの火の上に大きな鍋をつるして
秋のうちにとっておいた木の実を煮る。
コトコト、コトコト、何日も煮込んでやわらかく煮込む。
今日は栗の実を煮込んで、お米と一緒に日にかける。
炊けました。
お椀についでおはしでいただきます。
「おいしい…。」
栗ごはんだ。
ユーリもビッキーもバクバク食べる。
二人とも元気で食べて遊んで眠る。
カゼもひかない。
深い雪を踏みわけて、一人のおじさんが訪ねてきた。
「ごめんください。老師はおいでですか。」
「これはこれは孔子殿、はるばる雪の中を。さあさあ、おあがりください。」
正座していろりを囲み暖かいお米を飲みながらみんなでお客さんをむかえた。
「老師、今日私が訪ねてまいりましたのは、老師の教えをいただきたいと考えてのことです。」
「あなたほどのお人に教えることがあるとは思えんが。」
「私は人の世の中にあって、礼の道、孝行の道、徳の道を説き、
人々の行動の規範の道を説いてまいりました。
世は乱れております。戦国の世が続いております。
やっと秦の成という若者が力をつけて、勢力を伸ばしてきております。
私は世のため、人のために必要と考えて、
道徳の道しるべとして、役にたってきていると思われます。
しかしながら、私は何か空虚を常に感じているのです。
本音の自分のことばなのかと。」
「孔子殿、あなたのおっしゃることはよくわかります。
あなたが空虚と名ざすものの正体は
ことばの網でも教えの網でもとらえることのできない私たち人間の自然の姿、本質の姿なのです。
それをとらえようと人は頭を使い、考え、学問をし、知識を得、
ありとあらゆる方法でこころみます。
それは人間の知。
文明としてどんどん進んでいきます。
しかしながら、自然の姿ははるかむこうにあるのです。」
ビッキーは静かに二人の会話を聞いている。
ユーリはよくわからなくて、ケーキのことを考えている。
カーリーは感嘆して心がふるえる。
キツネはチンプンカンプンだ。
しばらくおじさんと孔子のおじさんはそのような会話をかわして意見を語りあって過ごした。
そして孔子のおじさんは
「今日はたいへんにありがたいことばをいただき感謝申し上げます。」
と、雪の道を下っていった。
静かな白い冬がすぎてゆく。
梅の花が咲いてもうすぐ春という予感の頃。
若い大きな男の人が訪れてきた。
「ごめんください。老師はおいでですか。」
「おぉ、これは荘君ではないか、よく来てくれた。」
正座していろりを囲み暖かいお茶を飲みながら、
みんなで荘君をむかえた。
「老師、今日、ここに私が来たのは、老師の教えをいただきたいとの考えからです。
かつて教えをいただいていた日々の続きをぜひお願いしたくてのことです。」
「おまえもあの頃からずいぶん成長した。」
「ありがとうございます。
老師、今世の世の中は乱れに乱れております。
戦いの世が続いております。
周が滅びて諸公が乱立し戦っております。
やっと成という若き勇者が頭角を現してきたところです。
人の心も乱れ、それをなんとか人間らしい心に導こうと孔子殿をはじめ諸子百家と呼ばれる人々が諸子百家人の道を説き、
規範をつくり導いております。
私も志を立て、世のため人のためにこの身を尽くすつもりでおります。
しかしながら、
どのようなことばで
どのような方法で、
人を導けばよいのか、
どうすれば正しい人の道を説けるのか。
それを老師にお教えねがいたいのです。」
「荘。おまえの志はりっぱじゃ。
その志さえゆるぎないものであればよい。
あとはおまえ自身が持っている自分の源泉。
それは大宇宙とつながっておる。
大宇宙の真理。
大自然の真理をおまえ自身の言葉で伝えよ。」
ビッキーは静かに聞いている。
ユーリはよくわからなくてチョコレートのことを考えている。
カーリーは感嘆して涙ぐんでいる。
キツネはチンプンカンプンだ。
しばらくおじさんと荘君は
そのような会話をかわしながら意見を語りあって時を過ごした。
そして荘君は
「今日はたいへんありがたい教えをいただき感謝申し上げます。」
と梅の咲く道を下っていった。
春が来る。
花が咲く。
ビッキーとユーリとカーリーもずいぶん長いことおじさんのところにいた。
そろそろ出かける時だ。
「おまえたちの旅はまだまだ続く。あの山の向こうを下ったところに良寛君の家があるから訪ねるといい。」
といって二人を送り出した。
さようなら、ありがとう。
さようなら、おじさん。
元気でね。キツネ君。
ビッキーとユーリのユルメ探訪 第三章 おわり