産業革命、エネルギー革命の波が世界を覆い始め、
この地に電気やガスなどが普及し始める頃、そしてイタリア全土をあげての反対運動にも関わらず
ローマにマクドナルドの1号店ができてのち、
カメリーナはその女王の地位を追われることになる。
そして今、
カメリーナは私のそばにいる。
25年連れ添っている。
初めて出会った瞬間心奪われ、
ずっと一緒だ。
片時も離さない。
毎日真っ白のカメリーナを指で優しくなでる。
湿り気を与えて手のひらで柔らかくこねる。
だんだんと力を加え強く打ち付ける。
カメリーナは次第に熱を帯びてくる。
カメリーナに必要なものは
清冽でほとばしる水。
ゆったりとした暖かい時間。
そして香り高く燃え盛る火。
私に、カメリーナに命を吹き込むことができるだろうか?
この美しき自然の賜物に栄光あれ。
end
地方の田舎から東京の大学へ来て一年、純はいまだに都会の生活になじめなかった。言葉の違いもさることながら、すべてのことにスピードと利便さを求められることについてゆけない気がした。彼はケイタイさえ持っていない若者だったので、都会の若い女性ともなじみがなく、孤独な日々を文字に親しんだり、ジャズを聞いたりしてすごしていた。
入学当時テニスサークルに入ったが、みんなのレベルについてゆけなくてすぐにやめてしまったのだが、そこで高と知り合った。
高はテニスの花形選手でみんなのまとめ役、信望の厚い好青年で純とは文学的な趣味で気が合って、よく二人で古典文学や歴史について語り明かした。
春、学園祭の日、純は高に連れられて、述の主催するワインパーティーに出かけた。述は天才の呼び声の高い切れもので、ワイン同好会を率いて有名だった。会場にはたくさんの人がいていろいろなワインを味わって楽しんでいたが、その中心に述と並んで舞がいた。舞はスラリとした髪の長い美人で、ワインの女王として会場の中心で、笑顔を振りまきみんなの注目の的だった。純は気おくれして見とれているだけだったが、彼女のほうから声をかけてくれた。
「こんにちは、ようこそ。私舞です。よろしくね。」
純はワインのことはとんど何も知らなくて、述や舞がみんなにいろいろ説明したり評価したりするのを、ウンウンなるほどと知ったようなふりをしてうなずいていた。
いろいろなワインがある。
赤、白、ロゼ、フランス、イタリア、スペイン…
フランスでもその地方によって名前がついていて味も違うらしい。年の違いでも味がかわるそうだ。名前もなにやら難しい。述はなんでこんなに知っているのだろう、舞ちゃんはきれいな人だな。みんなと気さくに話してる。
そのようにして楽しい時間もすぎていったが、高と述それに舞と友達になれて純はうれしかった。三人にくらべるとパッとしない純だったが、なぜか四人仲良くなって、遊びに出かけたり、語り合ったりして純の生活も楽しいものになってきた。
舞の誕生日パーティーが催された。
述の行きつけのイタリアンレストランの一室にたくさんの人が集って、料理と手作りケーキが用意され、みんながそれぞれプレゼントを贈った。舞ちゃんは人気が高い。なかでも述は舞の生まれた年の高級ヴィンテージワインをみんなの前でうんちくを述べてプレゼントし喝采をあびていた。純は舞なにをプレゼントしたものかと悩んでいたが、絵本を書いて贈った。子供のころ大好きだったカエルのお話しだ。はたして舞ちゃんは気に入ってくれるだろうか。
一週間後、舞に送られたヴィンテージワインを味わう会に四人は集まった。
四人が囲い丸テーブルにそのワインは置かれていた。ワインのおりを沈めるために一週間静かに寝かせておくのだ。述がソムリエのようなキザであざやかな手つきで、ワインのボトルを撫でまわし、ラベルを向け、ナイフで首を切る。三人の目がその手先を見つめている。コルクにスクリュー
を細心の注意でねじ込んでゆく、コルクが少し浮きあがってきた。三人の目がコルクに注がれる。ゆっくりとコルクは引き上げられ、ついにワインはこの四人が共有する空気に触れ、生きかえる。述はコルクを嗅いで舞に手渡す。
「いい香り」
高、純も嗅いでみる。カビはついていないようだ。
述は宝物を扱うようにうやうやしくボトルを持ち、舞のグラスに注ぐ。そして高、純、樹分のグラスに注ぐ。
ワインは生きている…