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エル・スウェーニョマスターの小説 横浜駅ジャズアンドイタリアンレストラン2015.12.26

エル・スウェーニョマスターの小説 横浜駅ジャズアンドイタリアンレストラン

(七)少年と春

少年は小学校の裏の池であるものを見て、びっくりぎょうてんしました。
(大きい。
りっぱだ。
見事だ。)
それはまだ図鑑にも載っていない。
新種のカエルでした。
みんなはそれをショックと呼んでいました。
少年はショックのことが気になって気になってしかたがありませんでした。
けれども少年が近づくとショックは音も立てず波も立てずに、
水底を優雅に泳いで池の深い底へ隠れてしまうのでした。
少年は考えました。
ショックも息をしているからには、水の中では苦しくなって上がってくるだろう。
少年は池の岸に座って待ちました。
じっと待っています。
何十分かたちました。
まだ待っています。
やがて水の表面が波打ち
ショックが顔をのぞかせ、少年とバッタリと顔を合わせました。
目と目が合って見つめあいます。
お互いに動けません。
目をそらすこともできません。
とても長い時間に思えました。
やがてショックが問いかけます。
なぜ、あなたは、わたしを、そんなに見つめるの?
「おまえは美しい。」
ショックはおどろき、顔を赤らめ水底へ隠れてしまいました。
………
少年とショックは池の淵と水のまん中で何度も会いました。
(おまえはなぜしっぽがない。
手と足があってなぜしっぽがない。
手と足があってなぜ指が五本ある。
なぜつやつやしてきれいな肌をしている。
なぜ足が長くてなまめかしい。
おまえたちの祖先が、初めて自ら顔を出したというのが本音か。
どうしてそんなことができた。
冬の間どうしている。
秋、どのように息を止め、
春、どのようにして吹き返す。)
「そんなの知らない。私はただ水の中で生きているだけ。また会いに来てね。さよなら。」
………
少年はショックをつかえまえたくてしかたがありませんでした。
でもいつも深い水底に逃げてしまうのでした。
少年は顔をめぐらせました。
そしてこんどは池の反対側から岸にいるショックを驚かせようとしました。
ショックは水の底に隠れていました。
池を回ってみると思ったとおりショックは浅いところに隠れています。
池の底の泥が盛り上がってその下にいます。
少年はドキドキしながらそうっと近づき、手でやさしくショックの腰をつかみました。
柔らかい感触。
持ち上げました。
驚いたことにショックはジタバタせず、手足を大きく伸ばして、
うっとりと少年を見つめています。
「ああ、やっとつかまえてくれたのね。これで私は、あなたの、もの。」
………
少年は大きな樽の中にショックの家をつくり、毎日、会いに来ます。
石の屋根をとるとショックの美しい姿がさらされてショックははずかしくてもじもじしています。
なぜ、あなたは、わたしを、そんなに見つめるの。
………
数日がたちました。
数週間がたちました。
ショックはだんだん痩せて弱っていきました。
えさのかつお節には手をつけません。
「なぜ、食べない。」
「私は野生のいきもの。あなたのものとなったからには、このままあなたのそばで死なせてください。」
………
「知らなかったんだ、ゆるしてくれ。」

少年は心で泣きました。そして弱ったショックを抱いて池に連れてゆき、水に離してやりました。
弱々しく泳ぎながらショックは少年に別れをつげました。
「さよなら、いとしい人。愛してくださって幸せだったわ。私はこのまま死ぬけど今度は人間の女に生まれ変わっていつかきっとあなたに会いにゆくわ。さようなら。」

(第七話 少年の春 おわり)

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