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横浜駅 イタリアン・レストラン・エルスウェーニョでのビッキーとユーリのグルメ探訪(一)
ビッキーはユーリをさそって食事にゆくことに
選んだお店は横浜駅のすぐ近くにある、
イタリアン・レストラン・エルスウェーニョ。
できては消え、できては消える、
横浜駅周辺のレストランの中で
三十年近く続いているイタリアンレストラン。
横浜駅に降りて、二人で歩いて
五分ぐらいのところにエル・スウェーニョはある。
外側の白いしっくいの壁と入口の赤い天幕が
イタリアンらしい。大理石の段を踏んで入ると
アンティークなタンスと白いしっくいの壁、女神像、
テラコッタの床、オークの木の廊下と続く。
天井にガレーのすばらしいアンティークシャンデリアが吊り下がっている。
「すごい…」
店内はまだ見ない、
ビッキーはすこし気おくれしてきたが
ユーリをさそった手前
堂々とした態度をくずしちゃいけない。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ!」
店員がむかえてくれて、
「お二人様ならこちらがよろしいでしょう」
と案内してくれた。
店内に入るとレジカウンターを越えて
まっすぐに歩く。
右手に長いバーカウンターがあり、
若いバーテンさんが
「いらっしゃいませ!」
と声をかけてくれる。
すごいバーカウンターだ。
カウンターは大きな一枚板の無垢の木でつくられ、
十人ぐらい並んで座れる長さだ。
その上にこれまた大きな丸太の無垢の梁が
渡されている。こんな大きな木は見たことがない。
バーカウンターの後ろは、各界のウイスキーやブランデーが並び、ビッキーは
名前は聞いたことがあるような気がするものもあるが見るもの初めて、もちろん飲んだこともなかった。
通路の左手は白いしっくいの壁が続き、
壁にはほこらが掘られ、ガレーのランプが置かれている。
壁の向こうも客席で個室のようだ。
進むにつれ暖炉を模した白い壁と
日干しレンガの壁のホール上の大きい
部屋があり、奥にグランドピアノが置かれていた。
ピアノだけではない。コントラバスやドラムが置かれていた。
トロンボーンも吊り下がっている。
ここはジャズライブスポットなのかも。
開店時間ちょうどなので、ミュージシャンも
お客さんもまだいなかった。
ホールは白い壁とレンガで囲まれ
床はオークの無垢の木の板で本物の木だ。
天井にはシャンデリアが輝いている。
しっくいの壁は、三十年の歳月を経て
すこしくすんだ色あいをかもし出し、
木のカウンターや木の床も小さなキズ跡は
あっても本物の木の姿と艶を持つ。
このお店は三十年間なんの改装もせず
三十年前と同じ姿で続いているのだ。
そのホールの手前の右手の個室に通された。
四人くらい座れる小さめの個室だ。
奥はアンティークのたんす家具が占め、
上にはヨーロッパ調の古いキャンドルスタンドや
ランプが置かれ、壁にはガレーのランプと
古いオートバイのペンダントがかけられている。
床の横にはヨーロッパの暖炉を形どった炉がつくられ
まきとすみがおかれ、
なおかつ、暖炉用の火ばしなどの用具があり、
グリルの上には銅や真鍮の鍋が置いてある。
椅子は曲線のフレームに花が彫られ
脚は優美なカーブを描き、
シートはバンドで吊り渡されている底づきの
しない座り心地のよいもので、古い布は錠で回りを
とめられている。こんなイスははじめてだ
ユーリはアンティークの雰囲気の部屋で
こんなイスに座っただけで幸せな気分になった。
「昔のヨーロッパに来たみたい。」
しばしその古典的雰囲気にひたって待っている。
そのうち白いものの混じった髪とひげのおじさんが
メニューを持ってやってきた。
「やぁこんばんは。いらっしゃい」と
人なつこく笑顔で声をかける。
店主のひとらしい。
ビッキーはすこし安心して、リラックスすることができた。
「きょうは、この娘の誕生日なんです。二人でゆっくり食事をしてお祝いしようと思ってきました。」
「そうですか。それはそれは
おめでとうございます。はたちぐらいですかな?」
ユーリはにっこり笑う。
「ではお祝いのシャンパンを、カヴァですが、
それと軽いオードブル、生ハムがいいかな。
さっそくお持ちしましょう。」
といって店主はさがっていった。
ユーリがその姿を目で追う。
「すてき…」
店主の江野はイタリアンレストラン
エル・スウェーニョを開店して以来、
三十年 一日たりとも休まず
店を開け厨房に立つ。
江野は病気というものになったことがない。
よって薬というものを飲んだことがない。
よって医者というものの世話になったことがない。
カゼもひかない。
マックというものを食べたことがない。
コンビニ弁当やジャンクフードを食べない。
子供の頃はおふくろの手料理、
大人になってからは自分のつくるものと
女房のつくるもの以外はほとんど食べない。
だいいち江野は一日に一食しか食べない。
週に六度しか食事をしない。
週に一度は断食するのだ。
江野は味覚の追求と美食の提供を
職業としながら
自分が美食を楽しむことをいましめていた。
じぶんは生産者であり、創作者であり、
提供する人間である。
それと楽しむのは、お客様である。
それによって自分は生かされている。
それに身を捧げなければ。
ビッキーとユーリのテーブルに
冷たいグラスに注がれた冷たいカヴァが運ばれた。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「乾杯!!」
すきりした苦みの中にほのかに甘みがのぞくシュワシュワ感。心を高揚させる。
発泡栓のワインを総称してスパークリングワインと呼ぶ。
白とロゼの二種類が中心だ。
スパークリングワインの製法として、
ワインをビンにつめたのち熟成して発酵する。
ビンの中に炭酸ガスを注入する方法と
二つの方法がある。
フランス人のシャンパーニュ地方の特有のビンづめ
発泡ワインのことをシャンパンと呼び、高級かつ
世界中で人気の高いスパークリングワインの代表である。
修道僧のドンペリヨンは最高のシャンパンを生み出した。
スペインでは同じ製法でつくりカヴァと呼ばれる。
イタリアンはフランチャコルタあるいはスプマンテ。
後で炭酸ガスを注入するタイプのものは
低価格で出まわっている。
生ハムが来た。
イタリアンレストラン・エルスウェーニョは
生ハムが四種類あり、どれもおいしそうだが、
まずこれはプロシュート・デル・パルマ、
パルマ産の生ハム。イタリアでは生ハムを
プロシュートクルードと呼びプロシュートは乾燥させる。
クルードは火を通さないという意味だ。
ユーリは一切れ口に入れて、ゆっくり噛む、
「おいしい」顔がほころんだ。
江野は必ずオーダーが来てから、生ハムのおおきなかたまりから
包丁で一枚一枚切り取る。
スライスして時間がたつと表面が空気に触れ、
酸化して味がおちるのだ。
江野の若い時には、生ハムは日本には輸入されていなかった。
厚生省が衛生上の理由で輸入を禁止していたのだ。
ぜひともあのすばらし味の生ハムを
日本のお客様に食べてもらいたいものだと長年、願っていた。
生ハムは古代ローマ時代からつくられていた。
つくられるのはイタリアとスペインだけである。
なぜかは知られていない。
イタリアとスペインのあの地方だけの微生物が最高の生ハムをつくりあげることができるかもしれない。
イタリアのエミリア・ロマーニア州を流れるポー川の流域が一番の生ハムの産地である。
アペニン山脈から吹き降ろす風と地形、川とで
霧が濃い特有の気候。古代ローマ帝国からの
長い歴史、伝統、民族の気質、嗜好などがからみあい
パルマを中心とするこの地方は美食のメッカである。
パルミジャーノ・レッジャーノという最高のチーズの産地でもある。
二十世紀半ばくらいまでは生ハムは各家庭で
主婦が作るものであった。
日本の漬物と同じで家の味というものであった。
冬に豚を一匹解体し各部位でさまざまな食材をつくる。
ソーセージやベーコン、パンチェッタ、サラミなどなど
一年間の保存食なのだ。
後ろ足が生ハムになる。
春になるまで足を桶の中で丹念に塩で揉み込む。
春にいつもの日陰で風通しのよい梁につるす。
あとは来年のはるまで待つだけだ。
自然の力が生ハムを熟成させる。
夏の間はつるされた足からポタポタ塩水がしたたり落ちる。
古い家では何百年もかけてその塩水が床の
テラコッタに穴をあけ窪ませる。
「あーん、あと三種類も生ハムがあるよ。
どれも食べたーい。」
ユーリ言うのを、ビッキーは制して、
「まてまて、次回の楽しみにとっておこう」
「次は赤ワインとサラダがオードブル、あとはピザか
パスタがいいかな?」
「どれもおいしそう、このトスカーナピザというのは聞き慣れないわね。たのんでみようか?」
「そうだな、すみませーん!」
店員が来た。
「赤ワインのボトルおすすめ、と
モッツァレラ・生チーズと完熟トマト、
それからトスカーナピザをお願いします。」
イタリアン・レストラン・エルスウェーニョと銘打ってはいるが
ワインはイタリアにこだわらない。
各国のワインを江野の判断で仕入れる。
そのつど気に入ったワインをおすすめにしている。
ワインには、フランス、イタリア、スペインが中心的産地
ではあるが、今ではチリやアルゼンチン、ブラジル
オーストリア、ニュージーランド、南アフリカなどの南半球のワインの他
アメリカ・カリフォルニアワインなども高い評価を得ているし
そのうえ古代ワインのウクライナや中国の奥地や
アルジェリア、モロッコなどのアフリカ産も新しく注目されている。
日本のワインもすばらしいものがある。
日本では甲府、勝沼地方が伝統的ワイン産地であるが、いまや、日本の各地方でワインがつくられている。
江野の故郷九州安心院ワインが
高く評価されたのは誇らしい
ぶどうの品種にもお客様は知識とこだわりを持っている。
赤では、カベルネ・ソービニョン種、メルロー種、ピノノワール種、シラー種
が中心でイタリアのサンジャベーゼ種や、バルベーラ種
スペインのテンプラニーニョ種も有名だ
チリのカルメネール種は、十九世紀にヨーロッパで
絶滅した品種であったが、奇跡的にチリで生延びて
現代にいたるぶどうである。
白ワインはシャルドネ種、ソービニヨンブラン種、
イタリアのトレビアーノ種、ドイツのリーステング種が有名である。
ワインの歴史はとてつもなく遠い。
古代ギリシャ神話では、デュオニュソス
別名、バッカスという酒の神が人間に
ぶどうと酒を授けた。
日本の神話ではヤマダノオロチを退治する
スサノオが使った酒は、山ぶどう種と思われる。
世界各地にワインに関する神話、伝統が伝えられる。
フランスでは、伝統的にソムリエという職業があり、
類まれなる味覚とワイン知識の持ち主が、
ワインを選び提供する。
今ではソムリエ資格は世界中に広がり
ワインマニアのあこがれである。
江野は長年ワインを扱っているが、
知識よりも、味覚、感覚、感性を大事にしている。
常に感覚を研ぎすまさなくては、
放っておくとすぐにくもってしまう。
ユーリたちのテーブルに、江野が持ってきたワインは
イタリアトスカーナのキャンティであった。
「トスカーナ!」美しく歴史的伝統的地域だ。
先進的感覚のイタリアの中でも特に、
先進的かつ伝統的。
イタリア人が先進的であるか?
古来イタリア、あるいはローマ人ほど
世界の文化を引っぱっていた民族はない。
荒野に生まれたイエスキリストの教えを
世界中に広めたのはローマである。