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横浜駅ジャズ・アンド・イタリアンレストラン・エルスウェーニョの小説(五) 夏とオートバイ2016.01.10

横浜駅ジャズ・アンド・イタリアンレストラン・エルスウェーニョの小説(五)
夏とオートバイ

夏が来た。
夏休みだ。
純と述と高はオートバイで伊豆へ行く計画をたてた。
高の実家は南伊豆で代々旅館を経営しているのだ。
そこで滞在させてもらおう。
三人ともオートバイが大好きだ。
そこで高のおじさんにあたる栄さんのオートバイショップを訪ねた。

栄さんはもとオートバイレーサーで
クラシックバイク界にも名の知られた男で
横浜の郊外にオートバイのショップをもち、
ヨーロッパのクラシックバイクの修理をレストアを主にやっていた。
ショップを訪れて、純は息を飲んだ。
「すごい!」

写真でしか見たことのないようなヨーロッパの名機がピカピカの新車のような輝きで
いまにも走り出しそうな姿勢で並んでいる。
ノートン・マンクスやBSAゴールドスターなどの単気筒のレーサー達。
トライアンフのバーチカルツイン達。
BMWの水平エンジン。
イタリアのモトグッチのV型エンジン。
そしてドカティ。
息をのんだ。
なんと美しいオートバイだろう。
なまめかしい曲線のガソリンタンクから
細いシート。美しい後部からテールへの流れ。
水平から頭をもたげる生きもののような
前のエンジンシリンダー。
直立した後ろのエンジン。

90度に配された二つのシリンダーが
美しい野獣のように息づいている。
空気を吸うデロイトのキャブレターは
ファンネルに網がついているだけだ。
そこから空気を吸い込み、
ガソリンタンクからの燃料が
キャブレターの下部から霧状に吸い上げられる。
混合気はシリンダーの燃焼室に吸い込まれ、
バルブが閉じて、ピストンがその混合気を10分の1ぐらいまで
圧縮した瞬間、
火花が飛び爆発が起こる。
爆発の力がピストンを下へ押し上げ、
クランクを回す。自転車のペダルを足で踏むのと同じ原理だ。
爆発した空気はピストンがもういちど上がってきて
排気管からコンチのマフラーへ送り出される。
4サイクルガソリンエンジン。
そしてオートバイが生まれた20世紀の初めヨーロッパ、イギリスであった。
ジェイムス・パ・ノートンはいちはやくオートバイ生産に乗り出し、オートバイ産業そして産業革命の礎を築いた。
ノートンの開発する単気筒エンジンは、
100年以上前、現代と同じ構造と機能を持っていた。
新しい乗り物、鉄の馬としてのオートバイはまたまく間に世界中にひろまった。
アメリカではハーレーとダビットソンの二人の若者が
二つのシリンダーを持つV型二気筒エンジンのオートバイを生産し、今なお続く。

三人の若者は栄さんのオートバイショップに来るのが楽しくてしょうがない。
いろいろなオートバイを貸し出してくれた。
ノートンコマンド850ロードスター。
モトグッチ850GTエル・ドラド。

ドカティ900スーパースポーツの三台だ。
いすれも1975年型のヨーロッパの名機である。
さあ、今日は出発だ。
栄さんからキックスタートの手ほどきを受ける。
二台はキックで始動させるのだ。
センタースタンドを立てた状態でキーをオフのまま、
キックアームを3回蹴り降ろす。キャブレターのティクラーというもの押して
ガソリンを多めに吸わせる。
キックアームのいちばん重いところ、
つまりピストンがいちばん上に来たところを、
キックのいちばん上に持ってきて、
キーをONにして息をとめ、
全体重をかけて「えいっやっ」といっきに踏みおろす。
「ドドドドーン」
驚くべき音が響き渡った。
腹の底をゆるがすようなコンチの重低音、軽やかな金属音、デロルトの吸気音。
フィルハーモニーオーケストラのような音に純は思えた。
さあ走り出すぞ!
ギアを入れた。
高のドカティ、述のモトグッチ、純のノートンの順で走り始めた。

純は、ノートンの力強い加速力にど肝を抜かれた。
ロングストローク、つまりピストンの直径よりも上下運動工程のほうが長い。
古典的エンジンはグググッと車体をひっぱり速度を上げてゆく。
まるで生きもののようにスロットル(アクセル)の開け閉めに、
エンジンは適度かつ力強くレスポンス(反応)し、純の心を高揚させる。
高速道路を箱根へ向かって三台のオートバイは連なって走る。
空は青空。朝の空気が顔を吹きつけて、どんどん後ろへ飛んでゆく。
道端の景色もどんどん後ろへ飛んでゆく。
前を走る二台の排気音が協奏曲をかなでる。
純はイギリスに思いを馳せる。
エドワード・ターナーが並列二気筒エンジンを開発してから後、
たちまちトライアンフ・バーチカルツインは世界中に愛され、オートバイの基準、手本となった。
メーカーはこぞってツインを生産し世界中で乗られ、あふれていた。

単気筒レーサーで名高いノートンもツインを開発し
500㏄バーチカルツインは時代を共に排気量を大きくしていった。
360度クランクを持つバーチカルツインは
大きくなるにつれ振動が大きくなる。
高速走行には不利だ。
ノートンはエンジンとフレームの間にゴムを介して生き残りをはかる。
しかしながら純の乗っているこのオートバイはノートンの最期のモデルといっていい。
70年代ホンダを始めとする日本の4気筒オートバイの台頭によって
イギリスのオートバイ産業すべてが絶滅してしまったのだ。

栄さんは若者たちと楽しいオートバイ談義に花を咲かせて、
彼らを送り出した後昔を思った。

伊豆の山村に生まれ育った栄さんの子供の頃は、そこへ行くのにも歩いて行った。
家には祖父母、両親、兄弟たち、回りは親戚、いとこ達がいて、牛や馬、ヤギ、豚などもいた。
そのようにして何世代も人々は暮してきたのだ。
東京オリンピックの後ぐらいからしだいに変わってきた。
テレビが家にきた。
いろいろなものが増えてきた。
自動車やオートバイも走るようになった。
思春期の頃、無性に旅に出たかった。
村を出て知らない土地を旅したかった。
あの山の向こう、あの空のはるか向こうには何が待っているのだろう。
行ってみたい。旅してみたい。
夢想し、熱望する栄青年の前にオートバイが現れた。
股がって走り出せば100㎞くらいでる。
一日歩いてたどり着く場所にも数十分もあれば着く。
これさえあればどこへでも行ける。
栄さんはオートバイに夢中になった。
日本のオートバイもだんだん増えて
性能も上がってきた。
世界にはすごいオートバイがたくさんある。
ハーレーは1200㏄だって?
おれの単車の5倍の強さとは
どんなオートバイなんだ?

イギリス、ドイツ、イタリアもすごい。
日本ではメグロというのが大きいのをつくっている。ホンダのCB450というのも最近出た…

本田宗一郎はヨーロッパの学び、
本田技術研究所という看板の小さな町工場で
オートバイの制作に打ち込んだ。
昼夜を徹して完成させたオートバイはドリーム号と名付けられた。
オートバイを生産するかたわら、
技術の向上に努力し、イギリスの伝統的レース・トラック
マン島で小排気者で勝利する。
レースで学ぶ技術を生産に生かし、
4サイクルの機構を持つ50CCのスーパーカブを開発し、
日本中の道路を埋め尽くす。
そしてやがて世界中を。
大排気量車へ意欲し
並列4気筒の750CCを世に送り出した時、
世界中のオートバイマニアの絶賛を集め、
他の世界中のオートバイメイカーは太刀打ちできないと悟った。
1969年である。
それに続くカワサキ900
スズキ、ヤマハ…。
日本の高性能4気筒車の筒の前にまずイギリスの2気筒メイカーがたちどころに潰れ、
ハーレーやBMW、モトグッチなどの永い歴史を持つメイカーも存亡を危ぶまれた。

栄さんは4気筒が好きでなかった。
イギリスのBSA社のコピーといわれ、メグロの遺産でもある、
カワサキw650を駆って旅に出た。
日本を一周するつもりである。
伊豆から中部山岳地帯を突っきって
日本海に出る。日本海沿岸にそって北へ向かう。
見知らぬ土地、初めての街。
名前だけは聞いたことがあるが
初めて訪れる場所、栄さんは光悦となった。
旅をしているんだ。
このままどこまででも走り続けられるんだ。
フェリーで北海道へ渡った。
北海道!これほど広大ですばらしい土地が他にあるものか。
まっすぐに続く道。
他に車はいない。青い空、青い海。
緑の草原に山々。

毎日朝から走り、日が暮れると道端の草むらか
海岸の小さなテントで寝る。
流木を眺めて火をたきハンゴウで飯を炊く。
毎日毎日同じ繰り返し。
過行く景色の他は同じだ。
雨が降ると道はぬかるみ、泥んこになる。
それでも栄さんは幸せだった。旅をしているんだ。
えりも岬で金がなくなりしばらく昆布漁を手伝った。
知床ではニシン漁を手伝った。
オホーツクを走るころに九州からのCB450の男と
新しく出たヤマハS650の地元の男と道連れになった。
三人で走り、三人でメシを食い、三人で寝る。
たくさんの話ができた。
九州の男は、料理を修行していて
レストランを持ちたいと言っていいた。
国道に沿ってたまに小さな洒落たドライブインレストランがあった。
あんなお店を持てたら。
ファミリーレストランチェーンが日本の道路をおおいつくすのは、
それから10年の後のことである。
札幌の男は販飾に進むつもりだそうだ。
栄さんは自分の進路のことをほとんど考えていなかった。
ただ漠然とオートバイに関わりのあることをやりたかった。
最北の宗谷岬を回り日本海を南下する。
利尻礼文が美しい。
札幌の手前で三人は別れた。住所も連絡先も聞かない。
いつかどこかでまた会えるから。
さようなら。
さようなら。
さようなら青春。

箱根ターンバイクの登り繰りでオートバイを乗りかえた。
純は今後はモトグッチである。
横に張り出した丸い大きなエンジンが異様で美しい。
普通のオートバイは自転車と同じくクランクを回しそれをチェーンで後輪に伝える。
モトグッチⅤ850はBMWと同じく
クランクは縦に置かれ、ぐるぐる回りながら後輪を回す。
魚需がなにかに股がっているように
グルグルきりもみ回りながら突き進む。
車体がエンジンの回る力によって横に揺られる。
ターンバイクの急坂とコーナーはこわかったが
少しずつ慣れていった。ゆったりとしたエンジンは鈍重なフィーリングとも言えるが
温かみを感じさせるものであった。
イギリスのオートバイが単気筒あるいは
二気筒エンジンをかたくなに守るのに対してイタリアのオートバイは革新的であった。
60年代にはジレラ、後のMrアグスタ郷のDOHC4気筒レーサーが活躍し、
これは70年代の日本の4気筒オートバイのモデルになった。
モトグッチはなんど90度V型8気筒のDOHCのレーサーを投入した。
ドカティのタリオーニはアメリカの求めに応じて1200㏄90度V型4気筒を生み出す。
出力は100馬力だ。
残念ながらチェーンをタイヤが滞留できず
1台のみつくられた。その1台は日本に現存する。
このエンジンレイアウトは後のホンダのV4、
ヤマハのVマックスの原型である。日本より20年以上先行している。
まったくイタリア人の考えていることはすごすぎる。
純の今乗っているエル・ドラドは自動車用エンジンを転用して
アメリカカリフォルニアの白バイとしてアメリカでは多く走っていた。
日本では皆無であり、日本人のオートバイマニアには幻のオートバイであった。

モトグッチはこのエンジンのみを作り続けその期間は現在まで50年為及ぶ。
変わらずにいることの苦しさ、偉大さ。
ハーレーダビッドソンは一世紀以上の長きにわたる。
箱根を登り、伊豆スカイラインでオートバイを乗り換える。
純はやっとドカティに乗ることができた。
遠く低いハンドル、キックアームよりも後ろに置かれたステップバー。
前傾姿勢でスカイラインを高速で回る。
すばらしい操縦性。
自分の思ったように、つまり自分の体の一体となったようにドカティは進み、曲がり、加速する。その加速力。軽い車体を力強いエンジンはドドドドと路面を蹴り進み宙に舞い上がってゆくかのように。
純は恍惚として魂が浮遊するような
感覚に落ち着いた。
ドドドドドドドド、コンチマフラーの音のみが聞こえる。

「ああ、やっと乗ってくれたのね、純」
ドカティが語り掛けてくれる気がした。
「この時を待っていたのよ」
「あなたのその熱いまなざしで、あなたの熱い心を感じたわ。」
「ノートンのおじいさんやグッチのおじさんたちに囲まれて、タリオーニ父さんが私を世に出した時
世界中の伊達男たちが私に熱い視線を注いだわ。
ポール・スマートといっしょにイモラを走って勝ったときには世界中が驚いた。
ますますみんなが注目した。
アメリカではクックテルセンとディトナを走り、
そして檜舞台のマン島レースでは
あのすばらしい男マイク・ヘイウルウッドといっしょに。
二つのピストンエンジンが四つのそれよりも優秀な事を世界中に見せつけてやったのよ。」
ドドドドドドドド
道はどんどん続く、空気と景色は後ろへ飛ぶ。
世界も時間もどんどん飛ぶ。
「それからは男たちの意識も変わってきて、
フォアばかりつくっている。日本のあの無器用な男たちも考えを改める。

重病を患っていたハーレーおばさんも元気を取り戻し、
あの太っちょの体で世界中をのし歩いているわ。
男たちは乗り回して幸せを感じているのに
300㎞もスピードはいらないとやっと気づいたの。
永い間無視され不遇をかてっていた、
いとこのWやXS君たちも再び注目され元気になってきているし、そのうえ新しく弟Wが誕生したの。
細々と生きながらえていた
トライアンフやノートンの兄さんたちは驚いたことに復活して新たに生産されるようになったのよ。」
ドドドドドドドド
道はまだまだ続く。
世界と時間は彼方へ飛んでゆく。
「私も華やかな娘時代は過ぎ
女王の座は妹たちに譲り
栄さんのところでひっそりと暮らしていいたけど、あなたのような若い熱い男に会えて嬉しいわ。」

ドドドドドドドド
道はまだまだ続く
世界は飛んでゆく
「このままあなたといっしょに走ってゆきたい。
どこまでも、どこまでも
地の果てまでも・・・」
ドドドドドドドド
空は青く、目の前に太平洋が広がった。

(あとがき)
横浜駅ジャズアンドイタリアンダイニング
エルスウェーニョのマスターの趣味はオートバイ。
愛機はイタリアのドカティ。70年代のべベル900SS。ゆきすぎた技術革新、高性能、システム代に対する、伝統的手法の復権というオートバイ界の現象は伝統を重んじるエルスウェーニョの運営に大きな示唆と勇気を与えてくれています。

エルスウェーニョ(横浜駅イタリアンレストラン)マスターファンタジー ビッキーとユーリのユルメ探訪(2)2016.01.10

エルスウェーニョ(横浜駅イタリアンレストラン)マスターファンタジー
ビッキーとユーリのユルメ探訪(2)

海の駅を降りるとそこは海だった。
「ビッキー君、ユーリちゃん
お待ちしてたわよ」
「やあ、ショックちゃん久しぶり。」
「これから海の旅へ船出よ。
さあ、私の背中に乗って乗って。」
ショックちゃんは大きい。
水かきのついた大きな長い脚で
太平洋の荒波の上をスイスイ泳ぐ
。速い。
たちまち太平洋のど真ん中まで来た。
青い空。
白い雲。
どこまでも青い海。
空の青と海の青が水平線で溶け合う。
空と海のほかに何もない。
と思いきや。
水平線の光に白いものが見えた。
ショックちゃんは速度を上げて追いついた。
おお、真っ白い鯨だ。
モービルディックだ。
背中に人が立っている。
片足だ。
「ガハハハハハ
モービルディックはわしの生涯の恋人。
やっと見つけてわしのものにしたぞ。
世界はわしのもの
ガハハハハハ。
おお、ビッキー君にユーリちゃん
こんなところで会うとはな。
これ、モービルディック、ちゃんと挨拶せんか。」
「こんにちは、ビッキー君にユーリちゃんにショックちゃん、
まだ人に慣れないもんで、ごめんなさいね。」
「エイハブ船長、かっこいいですね。
こんなすごいモービルディックに乗って
海を渡るなんて、まさに男の中の男。」
「ほんとステキ!」とユーリ。
「なになに君たちこそすごい。ショックちゃんに乗ってこんなところまでよく来てくれた。
どれ、モービルディック。ショックちゃんと競争してみるか。」

「いくわよ」「まけないわよ」
モービルディックとショックちゃんは波をけって飛ぶように泳ぐ。
速い、速い。どちらも速い。
「ガハハハハハ、これは愉快、愉快
壮快そのものだ。ガハハハハ。
わしたちは北へゆくからここらでお別れじゃ。さらばじゃ」
「ふうー、さすがモービルディックは速いわね。ついてゆくのがやっとだったわ。」
ショックちゃんは一息ついて
ビッキーとユーリと三人で東へ向かう。
太平洋三人きり。
青い空と青い海以外何もない。
と思いきや、
水平線の向こうに白いものが浮かんでいる。
近づくと白いボートだ。
そばによって二人で顔を寄せて中をのぞこうとした。
その瞬間、「ガオー」
大きな虎の顔が口を開けていた。
「ギャーたすけてえ」
「あれ、ビッキー君にユーリちゃんじゃないか。悪い悪い驚かせて。
ちょうどアクビをしていたところなんで」
「どうして海の上に虎が?」
「パイ君もいるよ。まだ出たばっかりで、あまり知られていないかも知れないけど
ぼくリチャードパーカー、パイ君といっしょに二人で漂流しているんだ。どうして虎と少年が二人でボートに乗って生きていられるのか、誰にもわからない。
けど二人で生きている。」
「こんにちはパイです。」
「こんにちは」
ユーリはパイ君に見とれている。
インドの端正な知的な顔だち
すらりとした体、やわらかいものごし
そして生命力。
なにものにも負けない気力。
これまでどれだけの困難をとりこんできただろう。
それも猛獣のリチャードパーカーの隣で。
どうして虎に食べられないで生きているのだろう。
でも生きている。
生命は生きる道を探す。

「なにかお手伝いする事はありますか?」
とビッキーが聞くと
「いいえ。なんとかやっていけると思います。」
とパイ君は答えた。
ビッキーとユーリはリチャードパーカーとパイ君ともっと親しくなって、
いろいろな話をしたかったのだが、ショックちゃんが
「もう行かなくちゃ」
と二人を促した。
「お別れね」
「ご無事で」
「さようなら。またね。」
リチャードパーカーとパイ君のボートを太平洋のど真ん中に置き去りにして
ショックちゃんは東へ泳いだ。
ユーリは不満である。
パイ君ともっといっしょにいたかったのに。
ショックちゃんが言ってきかせる。
「パイ君とリチャードパーカーは二人きりで精神の力と生命の力をぶつけ合う、微妙なバランスを保っているのよ。
リチャードパーカーはペットではないのよ。
お腹を空かせた猛獣なのよ。
その猛獣の野生の力をパイ君の気力とが
あのボートの上で平衡を保っている。奇跡だわね。
私たちが介入してそれがこわれたら
たちまちのうちにすべてがガラガラとこわれてしまう。
そっと見守るしかないのよ」
「無事生き延びられるかしら」
「そう願うしかない」
ビッキーとユーリを乗せて
ショックはスイスイ進んでゆく。
海の上を三人きり。
青い空と青い海しかない。
と思いきや
小舟に乗った老人が現れた
針糸をつかんでふんばっている。
糸の先に魚がいるのだ。
波が立って魚がジャンプした。
大きい。
すごい。
Fish, No one Deserve You!!
老人は叫んだ。
また叫んだ。
I Wish the boy were Here!!
魚はまたジャンプした。
老人はふんばる。力の限りふんばる。
「手伝いに行こう」
とビッキーが言うのを
またショックちゃんが制した。
「あの老人もまたあの魚と針り糸で、引き合い結ばれているのよ。
私たちが間に入れるものではないのよ。」
「がんばってください」
三人で心で言って
老人と魚を海に残して
海を進んで行った。
太平洋を三人きり
青い空と青い海しかない
と思いきや、
イカダが浮かんでいる。
求人の人が乗っている。
「オーイ、オーイ」
遭難した人たちかと思ったら違った。
みずからコンティキ号で漂流している
ヘイエルダールさんたちだ。
「ビッキー君にユーリちゃん、こんな海の上で会えるなんてうれしいね。
ぼくたち古代のインディオたちのように、
南米から海流に乗って太平洋の島々を渡り歩いているんだ。南太平洋の海の道
アジアと南米をイカダで行き来していたんだね。」
「へえ、そうなんですか。」
何日も何週間も何か月も海の上で暮らして
魚を食べて波の上で眠って暮らしていたんですね。ぼくたちの遠い祖先の人たちは。
そして太平洋を渡る。
壮大だなあ、そうやって生きていたんだ。」
「コンティキ号は静かに流れていった。
「さようなら。ご無事で」
「さようなら。元気でね」
ショックちゃんはビッキーとユーリを乗せてスイスイ海を泳いでゆく。
やがて陸地が見えてきた。
だんだん近づく。
海の旅も終わりが近づく。
「さあ、ついたわよ。ここでお別れね。
お別れはつらいけど、また会えるわ。
あなたたちの旅はまだまだ続く。
これからもいろんな人に会うのよ。
元気でいってきてね」
「ショックちゃんありがとう さようなら」
「さようなら ショックちゃん」

        第二話おわり

エルスウェーニョ(横浜駅イタリアンレストラン)マスターファンタジー ビッキーとユーリのユルメ探訪(1)2016.01.10

エルスウェーニョ(横浜駅イタリアンレストラン)マスターファンタジー
ビッキーとユーリのユルメ探訪(1)

今日は小学校は午前でおわり。
ビッキーとユーリはランドセルを背負って
江野のおじさんのお店に立ち寄った。
奥の部屋で焼きたてのカメリーナパンと
ミートスパゲッティと暖かいミルクでお昼ごはんだ。
おいしいいい…
お腹もいっぱいになって暖かい部屋で
二人はウトウトする。ソファーの背に並んで片寄せあってスヤスヤと眠りはじめた。
二人の頭の上には、あの絵がある。
黒鳥が誘う
夢の世界へ
………

駅だ。すごおい。蒸気機関車だ。
ボー、ボー、ビー、汽笛が響く。
すごおい。真黒な煙がモクモクモクモク
空に向かって真っすぐにモクモクモクとわきあがる。
まるで火山の爆発だ。白い煙がシューシューと。下から吹き出している。熱い蒸気だ。
あつそう。
大きな車輪を大きな棒がゆっくりと回す。
シュッシュッポッポッ
ビッキーとユーリは客車に座っている。
窓の外で江野のおじさんが見送る。
気を付けていっておいで。
おじさんはホームに残される。
列車はどんどん速くなる。
畑も飛ぶ、家も飛ぶ、すごおい。
鉄橋だ。あんなに下に川がある。
真黒になったトンネルだ。
ブウァー  早く窓を閉めて!
うわぁーん ススだらけになっちゃった。
広い野原を走る。
ボー ゴットン、ゴットン。
「ねぇ、ビッキー私たちどこへ行くの?」
「よくわからない。おじさんに終点まで乗ってゆくように言われたんだ。」
次はイーハトーブ、イーハトーブ 
車掌さんの声がながれる。
駅に停まったみたいだ。
少年が二人乗ってきた。
「やあ、こんにちは。ビッキー君にユーリちゃん。」
「こんにちは。」
「こんにちは。」
ジョバンニとカンパネルラだ。
四人の子供たちは客席で向かい合って
楽しそうにおしゃべりをはじめた。
「どこへいくの?」
ビッキーが二人に聞く。
「今日、又三郎君がカゼで学校休んじゃったんで給食のコッペパンを届けにゆくんだ。」
「先生も人使いがあらいよな。」とジョバンニ。
「でも又三郎君ちは、ケーキ屋さんだから
行ったらきっとケーキをごちそうになれるよ」
カンパネルラが続ける。
「わあ、いいなあ。私も行こうかな」
ユーリも目を輝かせる。
「私、ミルフィーユがいい」
「ぼくタルト、洋梨のタルト」
「やっぱりショコラだね」
「ティラミスもいいよ」
そんな話で盛り上がる。
銀河の駅に着いた。
ジョバンニとカンパネルラはここで降りる。

「さようなら。ビッキー君、ユーリちゃん
気をつけて行ってきてね」
「またね。又三郎君によろしくね。」
二人になった。列車はどんどん走る。
「楽しかったね。」
「いい男の子たちだわ。二人ともイケメンだし。」
列車はどんどん走る。
だんだん日が暮れてきた。
次は、夕鶴、夕鶴。
粗末な身なりの男が乘ってきた。
目が真っ赤だ。
ビッキーとユーリの目に来るなり、
窓のガラスをバタンと押し上げ
身の半分、窓から乗り出して泣きながらひとりごとをいう。
「つう、つう。
帰ってきてくれ。
つう、つう。おれが悪かった。ゆるしてくれ。」
夕やけの向こうの空に白い鳥が飛んでゆくのが見える。
「つう。おれがバカだった。
せっかくおまえが、おれにあんなに尽くしてくれたのに、おれは金の亡者どもにそそのかされて心を見失ってしまった。
「おまえの清い心を見失ったんだ。
ゆるしてくれ…」
ビッキーとユーリは顔を見合わせてことばもでない。
よひょうは泣きながら次の駅で降りていった。
「かわいそう!」
「うん」
ビッキーとユーリはことば少なに座って窓の外を見ている。
列車は草原を走る。
夕闇がせまってきた。
次はけんじゅう公園、けんじゅう公園…
男の人が一人、ドカドカと入ってきて、
ビッキーとユーリを見てニコッと笑ったかと思うと窓に向かって突進し
ガラスにガンと頭をぶつけた。
男の人は痛くもないといった。平気な顔をして。
窓ガラスを押し上げ、
窓から身を仰向けに乗り出して空を見ている。
じっとあお向けで動かない。
ビッキーとユーリは顔を見合わせてヒソヒソと話しする。
「どうしたんだろう
あぶないじゃないか」

男はずいぶん長い間そうして空をみていた。
やがて夜空のかなたから
「キシキシキシキシキシキシ」
と鋭い鳴き声が聞こえてきた。
男は「ポピョー、ポピョー、ポッポッポピョー」
と意味不明の叫びを上げて手足をバタバタさせた。
「ああ、つらい、つらい。
毎日毎日たくさんの虫たちが、ぼくに食べられる…
つらい、つらい、それがこんなにつらい。このまま星になれたら。」
よだかは真っすぐ上に向かって飛ぶ。
「キシキシキシキシキシキシ」
鋭い声が夜空に響く。
「ウォーン、ウォーン、ハアハア、ウォーン、ウォーン」
男は大きな声を上げて泣き出した。
そして泣きながらバタバタと起き上がり
バッと走り出したと思ったらバタンところんだ。
そのまま泣きながら起き上がりビッキーとユーリを見て
「ボ、ボ、ボ、ボク、ケ、ケ、ケ、ケンジ。
さ、さようなら。」
走って降りていった。ビッキーとユーリはポカンと見送っている。
「変な人」
「変わった人だ」
「でも今の人、顔はやさしかったわ」
「悪い人じゃない。きっと心がきれいすぎるんだね」
二人にとって今の人は強烈な印象だった。

列車は星空を走る。
回りは星がいっぱい。
次は奥の細道、奥の細道。
やせたおじさんが乗り込んできた。
「月日は百代の過客にして行きかう人も…ブツブツ…ブツブツ、日々旅にして旅をすみかとす…
おお、小さな旅人が二人、ビッキー君にユーリちゃんか。こんばんは。」
「こんばんは。芭蕉さん」
「これは良いところで会った。」
旅は道づれじゃ。しばらくごいっしょさせてもらうよ。
わしもまあ旅をしながら俳句、歌を読んで暮してきたが、
今回は幕府の依頼を受けて、
陸奥の国の探索と紀行文を書くことになった。
白河の関から北は古来別の国で中央政権の力の及ばぬ地域であった。
わしは昔伊賀の忍者もやっていたから隠密として陸奥の国をさぐることになったんじゃ。よりお金にもなる。」
「素性を知られないように
“古池や かわず飛び込む 水の音“
というわびさびの句を詠むとみんなが感激して、
この句がわしの代表作のようになったのも思惑どおりのこと。
おかげでわしは、わびさびの無害の唐人という事になっておる。
衣川に来たときには、しかしながら血が騒いでしょうがなかった。
“夏草や つわものどもが 夢のあと”
義経さんや弁慶の最期の場所だといわれておる。
まさにつわもの。
男は戦いよ。なあビッキー君」
「はあ…そうですね…」
「よいよい。まだこどもだからな。そのうちわかる。
男は度胸、女はあいきょうだ。ユーリちゃん」
「よくわかんない」
「よいよいユーリちゃんも美人になって男どもが群がりくることじゃろうて。
わしは戦いといって刃を振り回すわけではない
ことばが武器だ。
いかなることばをもって
いかなる表現、実現をして、
いかに人の心を打つか、突きさすか。

これがわしの戦いじゃ
古東達人はたくさんおる。
わしが師とあおぐ西行どのは
朝廷の高級官僚の職と
美しい妻、かわいい子供たちを投げ捨て
ことばの道へ出家した。
出家の日、泣きすがる子供を足で縁側から蹴り落として家を出たと伝えられる。
まさにつわもの。
西行どのの気概の片鱗でも持ちあわせたいものじゃ」
列車は星の中を走る。
ゴトゴト、ゴットン、ゴトゴト、ゴットン
銀河の夜空を走っているよう。
「おお、佐渡じゃ、真っ黒い佐渡が見える。」
“荒波や 佐渡によこたふ 天の河”
荒波は世の中の荒波じゃ。
佐渡はかの世阿弥どのが流され暮した島。
天の河は無数の星。
世阿弥のすばらしい能に打たれた無数の心。
わしもその一つじゃ。そして世阿弥に続く
ことばの星を目めざすこころじゃ…」

芭蕉さんは永々としゃべり続ける。
ビッキーとユーリは疲れてウトウト眠ってしまった。
それでも芭蕉さんはしゃべり続けている。
ウトウト、スー、スー、スー。
ゴトゴト、ゴットン、ゴトゴト、ゴットン
次は終点、海、海。
夜が明けていた。
芭蕉さんはもういなかった。
              第1話おわり
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