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桜の満開の下 エルスウェーニョ 横浜駅ジャズ&イタリアンレストランでのビッキーユーリのグルメ探訪(第25話)
桜の満開の下
桜の満開の下では人は狂気にかられる。
そう言って幻想的な物語を坂口安吾は展開する。
「桜の森の満開の下」だ。
桜は幻想的である。
今、一般的にお花見として人気がある桜はソメイヨシノ種といって、江戸時代に生み出されたいわばクローン種だ。種はつけない。尋命も短い。
だが、たくさんの種類の桜がある。そして日本古来の花である。
神話の時代、アマテラスの女神の命を受けて、天孫降臨を果たしたニニギは、地上に降り立ち木花咲耶姫をみかけて、ぜひ妻にと望む。
姫の故郷は桜島である。姫の父親は喜んで、木花咲耶姫と岩長姫の二人の娘をニニギに進呈したが、ニニギは美しい木花咲耶姫だけを妻とし、岩長姫は帰してしまった。
そのことによって人間の尋命が短くなったとされる。岩長姫は悲しんだだろうが、人々は岩長姫を慕い歌を作った
君が代は 千代に八千代に
さざれ石の 岩をとなりて 苔のむすまで
この歌は岩長姫を歌った南九州の民謡ともいわれる。
桜の名所は各地にあるが、古来、吉野山が桜の名所である。
古事記の記述によると、ニニギの孫に当たるイワレヒコは日向の美々津を船出し、
東へ進み摂津(大阪)で戦いに敗れ、紀伊半島を回り熊野川をのぼってゆく。
途中、ウカイやイヒカ、イワオシワクといった地元の人に迎えられ、神剣を得て吉野の地にはいり、
ナガスネ彦を敗り、大和に進み神武天皇として即位する。
以来吉野は歴代天皇のゆかりの地である。
役小角はこの地に生まれ、吉野に蔵王堂をつくり修験道密教 仏教をひらく。
役行者は前鬼、後鬼を従え、鬼とともに大和の葛城山から吉野山へ石橋を造るように命ずる。
が、鬼とはいえなかなかそれはできない。吉野の蔵王堂から上の金峰山系は女人禁制の修験道の聖地だ。
西行は吉野山と桜をこよなく愛し、桜の歌も多く読んでいる。
「明日ありと 思う心の 仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」
「願わくば 花の下にて 春死なん その如月の 望月のころ」
古来、花という言葉は桜を指していたのだ。
京都には代々続く桜守という家系がある。おそらく昔も京都御所の桜の世話をしていたのだろう。
今は全国各地の桜の名木を紹介したり古木の桜の世話をしたりしているそうだ。
桜守氏の話によると、ある所の桜の古木を切ろうとのこぎりをあてた途端に青空に黒雲がひろがり、夏というのに大粒の雹が降ってきたそうである。このように、桜には幻想的な、あるいは物語的な話がたくさんある。
以上の話は、横浜駅イタリアンレストラン エル・スウェーニョの奥の席で、
ビッキーがユーリに語って聞かせている話である。
テーブルには桜の香りのするイタリアのスパークリングワイン、いわゆるスプマンテのスカリエッティがある。
そして、桜の花を漬け込んだクリームソースの手打ちパスタをユーリはおいしいといって食べながら
目を輝かせてビッキーの物語を聞いているのである。
(第25話)桜の満開の下 終わり