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十二話 大晦日
12月31日だ。
今年も今日で終わりだ。
今年もいろいろなことがあった。
来年もいろいろなことがあるだろう。
ビッキーとユーリは、2015年の閉めくくりとして、横浜駅イタリアン・レストラン・エル・スウェーニョに出かけた。
今年の終わりは、ここですごして年を越して新年をむかえよう。
大晦日の日は、エル・スウェーニョは静かだった。
ジャズの演奏もない。
江野は一人バーカウンターの中に立っていた。
「こんばんわ」
「やあ、こんばんわ。いらっしゃい」
二人はカウンターに並んで座った。
バーカウンターは大きな一枚板でできていて、木の木目が自然を感じさせる。
こんな板をつくるのにどれくらいの太さの木が必要なんだろう。
頭の上には太い丸太の梁が渡っている。
これも大きな木だ。
「なんにしようかな?』
「カクテルにしよう」
「ジンリッキー」
「私、キールがいいわ」
カクテルの種類は無限にある。
お酒、飲み物を合わせるとカクテルになる。
そのうち、スタンダードと呼ばれるものは、製法、分量が決まっていて、どこのバーでも通じる。基本的には、ベースと呼ばれる強いお酒にリキュールと呼ばれる果実や香草をつけ込んだお酒と果汁を合わせる。
べ0巣のお酒はジン、ウォッカ、テキーラ、ラムが中心で、ジンはオランダ、イギリス。ウォッカはロシア。テキーラはメキシコ。ラムは南米、西インド諸島のお酒で、それぞれにまたたくさんの種類ががある。
リキュールはくだものや香草や木の根など、香りのお酒で修道院などでひっそりとつくられていた。
種類は修道院の数だけある。
カクテルにはロングカクテルとショートカクテルがあり、ロングカクテルは細長いグラスに氷を入れ、ベースのお酒と果汁、それをソーダやトニックウォーターなどで割る。
ショートカクテルは小さな三角形の足つきのグラスに注ぐ。
だいたいはシェイカーに材料と氷を入れ、シャカシャカと振ってからグラスに注ぐが、マティーニなどはミキシンググラスで混ぜてから注ぐ。
カクテルの中で最も有名である。
マティーニはジンとドライベルモットの二種類だけを合わせるが、その比率と合わせかたで千差万別のマティーニがつくられ、世界中で愛飲されている。
ビッキーの注文したジンリッキーは、ロンググラスでジンをソーダで割り、ライムを絞る。
キールはカシスのリキュールを白ワインで割る。
もともとは、すっぱすぎる白ワインを飲みやすくするためであった。
ユーリにはシャンパンで割って、キールロワイヤルにしてくれた。
「今年ももう終わりね」
と、ユーリが江野に話しかける。
「そうですね。もうおわっちゃいますねぇ。ユーリちゃんははたちのこの一年、いいことがいっぱいあったでしょう」
「いっぱいあったわ。このお店にも来られたし。」
江野は笑顔でユーリを見ている。
かわいい子だと思う。
「ウイスキーがたくさんあるんですね」
と、ビッキーが話しかける。
ウイスキーも種類が豊富だ。
再世はアイルランドで造られていた。
アイリッシュ・ブッシュミルズのボトルには1606年と刻印されている。
やがてスコットランドに広がる。
スコッチと呼ばれる。
スコッチウイスキーには、普通の幾種類かのモルトを混ぜ合わせてつくったもののほかにシングルモルトと呼ばれるものがある。
そのウイスキー固有の単一のモルト(大麦酵母)を使うのだ。
シングルモルトのスコッチには、海に浮かぶアイラ島でつくられるものと本土のスペイ川の流域でつくられるものが主力で、両者は非常に異なる味だ。
アイラ島はピートと呼ばれる石炭の泥の島で、その水でつくるウイスキーは独特の香りを持ち、一種の薬品のような臭いを持つ。
このウイスキーは好き嫌いがはっきり別れる。熱狂的ファンも多い。
ラフロイグ、ボウモア、タリスカー、アードベック、ラガーブーリンなどが有名だ。
スペイサイドのウイスキーは、上流のハイランド、下流のローランド共、優雅な香りと味のウイスキーだ。
グレーンというのは谷のことで、リベット谷のグレーンリベット、マッカランも有名だ。
ブレンデットでは、バランタインやシーバスリーガル、カティサークなどが人気である。
18世紀の終わり頃、スコットランドからアメリカ、ケンタッキーに移住したエライジャ・グレイク牧師は、アメリカ大陸原産で豊富にあったトウモロコシを使ってモルトをつくる。
それと蒸留してウイスキーをつくる。
焼却場にあった焼きこげのついた板で、樽をつくり、その中で貯蔵し熟成させた。
できあがったウイスk−は、木のこげた香りが香ばしく、美味であった。
バーボンウイスキーである。
グレイク牧師の作り方を踏襲し、ターキー、ハーパー、アーリーなど、たくさんのバーボンウイスキーが生まれ、世界中で飲まれている。
「ウイスキーを飲んでみようかな」
ビッキーが言い、
「何がいいですかね」
と江野に聞く。
「スコッチのシングルモルトがいいんじゃないですか。それも個性的なアイラが。」
と、江野がすすめる。
大きいグラスに丸い氷がすっぽり一個入れられ、ラガーブーリンがその上からトクトクと注がれた。
スーと空気が透き通るような香り。
ビリビリと舌に刺激が起こり、とろりと甘い味がかいま姿を見せたとたん苦味がそれを周りからおおいつくす。
それから豊かな旨味が世界に広がる。
すばらしい味だ。
自然で透明感のある味わいの奥に自然の豊穣、恵みを凝縮し、それが解き放たれて、とめどもなく広がる。
ユーリは、ビッキーがおいしそうにラガーブーリンを味わうのをながめていたが、
「私にもなにかつくってぇ」
と、江野にあまえる。
「そうですね・・・・」
江野は、カクテルグラスとシェイカーを冷蔵庫に入れ、ライムの実を半分スクーザーで押して絞った皮の内側まで絞ってはいけない。
それから、ブランデーとクリームとカカオブラウンのボトルをカウンターに並べた。
それから冷えたシェイカーをボトルの横に並べ、左手の三本の指でメジャーカップを持ち、ブランデーの栓を指で持ったままボトルを持ち、シェイカーの口もとでカップに入れたと同時にシェイカーに入れる。
目にもとまらぬ速さだ。
同じくカカオリキュール。ライム果汁。氷を三個シェイカーに入れ、バンとふたを閉めて、両手の指先でシェイカーのトップ、ボディ、底を持ち、横向きでシャカシャカシャカシャカと振る。
8の字を描くように十回くらい振ってから、冷えたカクテルグラスをユーリの前に置き、シェイカーのトップをはずして、横からグラスにゆっくりと回すように注いでくれた。
冷えたカクテルグラスのふちいっぱいのブラウン色の透明なカクテル。
表面がキラキラと輝いている。
ユーリは顔を近づけて、こぼさないようにくちびるをつけた。
すこし飲む。
「おいしいわぁ」
江野の顔を見る。ビッキーの顔も見る。
そして、グラスを持って、もう一口飲む。
「なんていうカクテル?」
「そうだね、おおみそかとでもいうかな」
江野は笑顔で答えた。
大晦日の夜も時間が過ぎてゆき、今年もあとわずかとなってきた。
もう三人しかいない。
江野はちょっとの間、厨房に入ってなにかゴソゴソとやっていたが、驚いたことに年越しソバをどんぶりで三つ持ってきた。
湯気が立っている。
「わあ、おいしそう」
「三人で食べよう」
だんだんと新年が近づいてきた。
スリー、ツー、ワン、ゼロ。
あけましておめでとう。
おめでとう。おめでとう。
今年もよろしくね。
(十二話 おわり)