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マスターがハモン・イベリコ・デ・ベジョータをイメージして小説を書きました。2015.11.22

イベリコ

ユーラシア大陸の西の西の果て、
ピレネーのその南の果て、
ラ・マンチャの山の牧場で
2匹の子豚が生まれた
イベリオとイベリコである。
2匹はお母さんのお乳を吸いながら
すくすく育ち
数か月もすると茶色の毛も黒く生え変わり
たくましい若者と、それはそれは美しい乙女に成長した。
「イベリコ、さあ行くぞ。早く来い。」
「あーん、お兄ちゃんまってえー」
二人は元気に野山を駆け回って暮らした。
山はもう秋。
いろいろな木の実がたくさん。
イベリコたちの大好物はどんぐり。
どんぐりといっても日本の椎の実とは違って、
エンシーニョというひいらぎ種の実で
カシューナッツのような香りの柔らかい実である。
山全体が広大な牧場でイベリコたちは
そこで自由に駆け回ったり
木の実やハーブを好きなだけ食べたりして
暮らした。
犬の数倍鋭いといわれるイベリコたちの嗅覚は
地中のトリュフも捜し出す。
えもいわれぬ香りと無上のおいしさ。
人間たちの間でどれほど高価に取り引きされているかなどおかまいなしに
トリュフをむさぼり食べる。
そのように暮らして成長したイベリオとイベリコは
思春期をむかえ、自分たちの人生や将来のことを
思いめぐらすことになる。
それで二人は牧場主のスウェニョおじさんを訪ね、
自分たちの将来のことを聞きたいと申し出た。
「おお、イベリオとイベリコか。りっぱになったのぉ。」
スウェニョおじさんは笑顔で二人をむかえた。
「おじさん。ぼくたちこれからの将来、
どうなるのか聞きたいんだ。」
「そうかそうか。よしよし。イベリオ、おまえはたくましい若者になった。
これから妻をめとり、
子供をたくさん作って一族を増やし、
この山の王者として君臨するのだ。」
「うおー。やるぞー」
「いいなぁお兄ちゃんは。
おじさん。私もすてきな男の人と結婚できるんでしょうね?」
スウェニョおじさんはすこし顔をくもらせた。
「できないの?」
スウェニョおじさんはじっとイベリコをみつめ、
語りはじめた。
「イベリコ、よくお聞き。
おまえは、特に美しく生まれついた。
先のヨーロッパ美人コンテストでも、
ズィベロ村のクラテロ嬢と女王を別けあったほどの器量よしじゃ。
それは女神の賜物。
その美しさは女神そのものじゃ」
「………。」
「おまえは女神に捧げられるのじゃ。」
「私、死ぬの?」
「そうではない。肉体を捧げることによって永遠の命を得るのだ。」
「………。」
「この冬、わたしと妻のエルの手によって
おまえは、ハモン・イベリコ・デ・ベジョータに生まれ変わり、
世界最高の生ハムとして
人々の賞賛をあびることになるのだ。」
「………。」
「具体的な手順を言うとこの冬
おまえは清められ祭壇につるされる。
それまで身に傷を負ったり、
処女を失ったりしてはならん。
つるされたまま眠らされ
心臓を取り出され、血を抜かれる。
おまえの魂は肉体を離れその辺に浮遊してるが
案ずることはないすぐにもどれる。
おまえの肉体は解体されるが
なにひとつ捨てられるものはない。
おまえの体のどの部分も最高の食材として人々に待ち望まれるのだ。」
「………。」
「なかでも、おまえの健やかに伸びた美しい脚は最も人々の望むものじゃ。」
「わしがその二本の脚をていねいに切りとり特別な桶によこたえる。
妻のエルの手と塩で揉まれるのだ。それは三か月に及ぶ。
春になると二本の脚は先祖代々使われている
大きな梁につるされる。そこが最も適した場所。
つるされた脚は風と空気の生命が撫でる。
おまえの魂はここで脚にもどり、宿ることができる。
夏になると肉から水がポタポタ落ちる。
幾世代もの塩の水滴が床のテラコッタを窪ませる。
夏がすぎ秋がすぎ、冬になりそして春が来る、
そして次の年も。
脚の姿のおまえはそこで空気に愛撫されながら生きるのだ。」
「すごい…」
とイベリコが声をもらした。
「三年目の春におまえの真価が問われる。

おまえが生きている間に、

マックやジャンクフードを食べたり、

農薬やホルモンの入った水や飲みものを飲んだり
へんな薬を飲んだりしていたら、
あるいは身の純潔を失ったり、
心に邪心を持っていたとしたら、
おまえの成長はここまでで

これ以上の熟成は望めない。
特別に選ばれたものだけが三年の熟成に耐えられるのだ。」
「………。」
「見事、三年を美しく過ごした後、
おまえは美しく飾られ、
イスパニア王家の晩餐会の

大テーブルの真ん中に置かれ、
世界中の人々の賞賛と羨望を一身に集め
世界で最高の美と食を実現するのだ。」
「すごい…」
とまたイベリオが声をもらす。

イベリコの頬を一筋の涙がつたわった。
「よくわかりました。
おじさん。ありがとう。
私、この冬まで一生懸命清らかに生きます。
さようなら、
ありがとう」
二人は無言で帰途についた。
夕闇がせまり山の上に赤い三日月がかかっていた。

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