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エル・スウェーニョ 横浜駅 ジャズアンドイタリアンレストラン ビッキーの論説 ギリシャ神話 序章2016.02.17

エル・スウェーニョ 横浜駅 ジャズアンドイタリアンレストラン
ビッキーの論説 ギリシャ神話 序章

 

我々が、普通ギリシャ人と呼ぶ、ギリシャ本土とエーゲ海地域に輝かしい文化を創造した民族は、もともとはインド・ゲルマン語族という、

インド、イラン、アルメニア、スラブ、ゲルマン、ケルト、ラテンなどの言語のもととなった大言語族の一派で、
紀元前二十世紀頃、北方からギリシャの地に侵入してきたといわれている。
そのころエーゲ海域では、クレタ島を中心とするミーア文化が栄え、
シリア、エジプトなどと交わりながら華麗で自由な文化を創造していた。
ギリシャ人の侵入は波状的な浸透というべき温和なものであったので、
彼らは先住民の文化を吸収しつ つ、独自の文化を築き上げてゆき、
ペロポネス半島のミュケナィを中心地としてしだいに勢力を広げ、
紀元前十五世紀頃には、ギリシャ本土はもとよりクレタ島まで支配していたと考えられている。
この時代がミュケナィ時代であり、叙事詩にうたわれた英雄達の時代であろう。
ところが紀元前十一世紀の頃、ヨーロッパの大民族移動を契機として、ドーリス人と呼ばれる民族が急激にギリシャに侵入し、そのためミュケナィ文化は崩壊する。
ドーリス人が侵入した最後のギリシャ人とされており、彼らは定住した後、スパルタを中心地として勢力を持つようになる。
ミュケナィ文化の壊滅の後、数百年はいわゆる「暗黒時代」であり、ギリシャ民族の苦悩の時代であり、
ホメロスの叙事詩は、実はこの暗黒時代に、輝かしいミュケナィ時代を振り返って歌われたものである。
ギリシャ人はやがてその荒廃の時代の中から、ミュケナィ時代のオリエント風の王朝制とは違った、独自のポリス社会を生み出し、独創的な文化を築き上げてゆくのである。
ギリシャ文明は、西洋文明の始祖であり、建築、彫刻、文学、哲学、科学などの広汎な領域で多くの偉大な作品を残し、
それは現代にいたってさえ不滅である。
ギリシャ精神というべきものは、古典古代という呼び名が示すように西洋精神のふるさとであり、
ヨーロッパ精神はある意味で大小いくたびものルネサンスによって、ギリシャへ立ち返ろうとしてきた。
このような偉大なギリシャ精神にすこしでも近づくために、ギリシャ神話に目を向けることはムダであろうか?
ギリシャの神々は我々にとっても、今なお永遠の生命を持って輝いているかのようである。
ゼウス、アポロン、アテナ、アフロディテ(ヴィーナス)、デュオニュソス(バッカス)というようなギリシャの神々の名のごとく、
これほど多くの人々に知られ、語られる神々は他にないであろう。
それらの神々を中心とする神話もまた、我々に親しみ深く、その豊富な物語で我々を魅了する。
しかしながら、ギリシャ神話はおもしろいけれど、子供たちのおとぎ話のような価値しかないという風に思われ、神々というのは、知性の未発達な古代人の妄想でしかないというように考えられがちである。
はたしてそうであろうか?
ギリシャ文化を代表する人たち、特にホメロスや悲劇詩人たちはギリシャの神々と非常に密接な関係を持っていたし、
彼らの偉大な作品は神話に負うているところが大きいはずである。

さらにギリシャ神話は、古代ギリシャのミノア、ミュケナィ、暗黒時代、そして古典期という社会を反映しており、ギリシャ人のものの見方、考え方の反映として語られているはずである。
こういうわけで本論は、
歴史的にギリシャ民族の形成として先住民と侵入ギリシャ人の融合ということに視点をおいて、
ギリシャ神話を解釈することを通して、ギリシャ精神というものの本質に少しでも近づこうと意図するものである。

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